中学生の時、立たされた後の大人の対応でモヤモヤしています。

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中学生の時に立たされたという経験はありますか?
その時、どんな気持ちでしたか?
立たされたことを家の人に話したことはありますか?

研究員のMさんは、家の人に話し先生にも謝ってもらいました。
でもイヤな思い出として残っています。
それはなぜでしょう?

 

エピソード

私(M)は中学2年生のとき、国語の授業中に一瞬だけ先生の話を聞いていませんでした。その直後に先生に指されて何も答えられませんでした。すると先生は他の子を指し、その子は答えて着席しました。その後チャイムが鳴るまで私はずっと立たされたままでした

釈然としない私は家に帰ってからついその出来事を母に話しました。すると母は担任の先生に電話をしたのです。担任の先生は、自分と国語の先生、私と私の母の4人での面談の機会を設けました。

母が一番たくさん話していましたその次に司会役の担任の先生、国語の先生は言葉は少なく、悪いことをしました…のようなことをおっしゃっていました。私はまったく聞いているだけで、担任の先生に、国語の先生もこうやって謝っておられますよと促され、はい、もういいですとだけ答えました

話し合いの内容はほぼ覚えていませんが、私の記憶には強烈にいやな出来事として心に焼き付いています。

 

さて、あなたがMさんの母親の立場だったらどうしますか?

同じことをしますか?(言う)
話を聞くだけで我慢するように言いますか?(黙る)

それとも軸対話で対応しますか?
軸対話で対応するなら、どう対応しますか?

軸対話はやってあげた感がない!?

この話は研究員Mさんと「軸対話って『やった感がないよね』」と言う話をしている時に、、Mさんが突然、あーーーっと言って過去を思い出しました。

 

Mさん

いいことをしてもらったはずなのに、すごいイヤな記憶として残っていることがあります。もしかして、これですか?!!!

川西

そう、お母さん、すごく頑張りましたよね。お母さんの中では、やってあげた感この上なく、いいことをしているので本人はスッキリして記憶にはきっと残ってないでしょうね。なので、あの時は!!と追求し反省を求めても思うような言葉は返ってこないでしょう。

本当はお母さんが軸対話を知っていたらそんなに物事を大きくしなくても、アクティブリスニングするだけで終わってたかもしれないですね。

Mさん
えっ

 

川西

軸対話で終わることがつながらないようですね。お母さんだけでなく軸対話は誰も知らないのでしょうがないんです。なので、過去の出来事も自分が自分の親になったつもりで中学生の自分にアクティブリスニングしてみたらいいですよ。子どもから「立たされて、、、、」という話をされて、どう言いますか?

 

Mさん
?????
腹たつよね
?????

 

川西
腹たつ、、、
そこまでしなくても
そんなつもりはないし
しかも一瞬のことやし
一瞬聞いてなかっただけやし
なんで立ってなあかんの
恥ずかしいやん
わけわからんし
私が悪いん?
私があかんの???
なんでこんな理不尽な目に合うの

 

Mさん
あああーー理不尽!!
すごいイヤやった!!!

 

 

川西

ねーイヤだよね〜
立たさなくてもいいやんなー

先生もさ、一生懸命授業内容を準備してて聞いてない!と
思ったら悲しくなったとは思うけど、、、

 

M役:えーそうなん!!
でもありえへんわ!

 

ありへんよな〜

とアクティブリスニングしてもらえていたら、、、、気持ちが落ち着いてたと思わへん?!

 

Bさん
わあーめっちゃスッキリしました

 

川西
笑。そうお。^^

 

と言うように、

軸対話はあっさり終わってしまうので、

やった感があんまりないんですよね(^^;

 

Mさん

えっ!!
今、何が起こったんですか?!
軸対話で聞いてもらっただけでこんなにスッキリする。

あの時、聞いてもらっていたら、こんなに大ごとにもならず、過去のイヤな思いとしてひきづらなかったということですか!?

 

 

川西

そうなのよ。その場で終わる
親に聞いてもらっていたら、何がイヤだったかが明確になり、もし先生に対して言いたいことがあるなら、アイメッセージで言えるよね。

そうやって生徒から言ってもらって、先生とも対話できたとしら、、、仲良くなれたかもしれないよね。

このように現状が変わるための軸対話は、
過去も解消したり、
大事なことに気づいたりできるんだよね。

 

 

やってあげた感は誰のため?

助けてあげなくては!正しいことを追求しなくては!と動くとやった感があるし、達成感がある。きっとお母さんも担任の先生も生徒のためにやってあげた感があり、かなり充実していたでしょう。

その人たちの役立ちたい力の欲求は満たしたけれど、当事者たちは心にわだかまりを残したままです。

皆に思いやりがあって、実際には悪い人はいない。やってあげたい優しい思いが、軸対話を知らないだけで大げさになり、空回りしていることが沢山あるということです。

しかもお母さんは、Mさんが理不尽な目にあったと思うから抗議しに行ったんです。アクティブリスニング出来ているんです。気づいていたのに、それを言わないで行動に出てしまった。、、、、あらら。

愛から生まれた行動が、愛情が愛情として伝わらないだけではなく、過去のトラウマとして残っている場合もあるんですよね。なんだか勿体無いことが起こっていますよね。

 

まとめ
軸対話はやってあげた感はないけれど、心と心を繋ぐものになる。
また過去のモヤモヤも解消できます。
アクティブリスニングは最初に感じたことを言葉にできると良いかもしれない。

お節介は嫌われる、、、と感じたのは中学生の頃でした。人の喜ぶこと、人の役に立つことをしなさいと言われて育ったのですが、自分が思う人の役につことは人が望んでいないこともあると感じて、、、、お節介が役に立つのは、きっと看護師だと思い、高校から看護師の勉強をしました。笑

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